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世界のテロ組織と対テロ組織
Terrorist & Counter-Terrorism

 

ロシアの対テロ組織
Russia 2
内務省系

 

●内務省系

特殊任務中隊
(Rota Spetsial'nogo Naznacheniya)
RSN 内務省直轄 対テロ
特殊任務民警支隊
(Otryad Militsii Spetsial'nogo Naznacheniya)
OMSN モスクワ捜査部 対テロ
特別任務民警支隊:オモン
(Otryad Militsii Osobogo Naznacheniya)
OMON 地方自治体の内務総局(局) 治安維持・人質救出
緊急対応特殊支隊:ソーブル
(Spetsial'ny Otryad Bystrogo Reagirovaniya)
SOBR 組織犯罪総局 組織犯罪捜査

 ロシアの内務省は、大きく分けて民警(警察官)から成る内務機関と、軍人から成る国内軍から構成される。

 国内軍に所属する師団は、軍と同様に徴兵・契約による勤務者、国内軍の軍事 教育施設の卒業生から採用される。基本的には、ロシアの他の軍事組織・特務機関の職員も、 共通の法律によりその地位が規定された軍人である。

 非常事態下においては、国内軍の軍人も内務機関と共に警察活動を実施する。

 

●特殊任務中隊
RSN (Rota Spetsial'nogo Naznacheniya)

●創設

 1978年12月、有名なジェルジンスキー師団から創設された。1980年のモスクワ・オリンピックに先立つ対テロ部隊として。
 中隊は警邏から解放され、戦力を増強し、その即応性を向上することが命令された。

 ミュンヘン・オリンピックの大虐殺が創設に影響をもたらした。RSN小隊長ルィシュクは、自身が考案した徒手格闘を含む特殊訓練を部隊に施した。また、欧州の対テロ・エリート部隊により実証された訓練武器と人質救出機材を採用。

●経歴

 1982年、ハイジャックされたスクール・バスから子供を救出するために配備。それまで実際に出動せず。西側の類似部隊ほどは洗練されていないが、何度か価値を立証している。

 ゴルバチョフ政権下、中隊は大隊規模に拡大し、独立支隊となった。任務要求は、組織犯罪及び暴動の鎮圧に拡大された。

●まだらベレー

 エリートの地位の印として栗色のベレーを採用。後に全ジェルジンスキー師団により採用された。メンバーは、その後『まだらベレー』として一般に知られる。

●特殊ヘルメット

 任務を適切に実施するのに必要な機材と戦闘服を欠いていたため、指揮官は、全ロシア犯罪科学研究所(VNII)と接触し、危険状況のための特殊ヘルメットを要求。特殊バイザーの付いた金属製ヘルメットが、中隊による突入時の使用のために開発された。ガラス製防盾は使用者を保護し、対抗手段は現在のところ存在しない。
 新しいヘルメットは、国内軍司令官総局下の全部隊に採用された。

 

●特殊任務民警支隊
OMSN(Otryad Militsii Spetsial'nogo Naznacheniya)

●創設

 1980年のモスクワ・オリンピックのためのテロ活動を抑止するために1979年創設。
 ジェルジンスキー師団の中隊から。しかし、国内軍ではなくモスクワ民警の部隊となった。モスクワ捜査部(MUR)に従属し、モスクワ市・モスクワ州内務総局を通して指示を受ける。

●任務

 人質救出と、「他の手段が有効でない」特に危険な状況での使用。

●訓練

 ハイジャック、武装犯罪集団が関連する事件のために訓練されている。
 部隊の指導者は、GSG-9その他の西側対テロ部隊の作戦に追いつくことを目標とする。創設時、全員がスポーツ・マスターである数百名の志願者のうち、30名だけが採用された。訓練は、多くのことを要求し、厳しいものであった。

●構成員

 この種のほとんどの部隊において、その機能を遂行するのは将校であるが、OMSNのメンバーの大多数は下士官。他の民警より危険なため、月約15ルーブル(当時)多く支払われた。

●経緯

 ゴルバチョフ政権下、約1500名の水準に達した。主要任務は、ソ連における対テロ脅威、収容所の反乱、組織犯罪を含むようになった。

 支隊は、作戦使用のために対テロ特殊グループ(antiterroristicheskaya spetsgruppa)に分割され、配置された。これは、より小さな小グループ(podgruppa)を含む。

 

●特別任務民警支隊:オモン
OMON(Otryad Militsii Osobogo Naznacheniya)

 MVDの特殊戦闘部隊の中で最も有名。
 別名「ブラック・ベレー部隊」。
 ラトヴィアのリガ及びリトアニアのヴィリニュスの税関哨所・通信施設に対する反復襲撃を行って、悪名を馳せた。

●創設

 1987年、MVDの監督下においてモスクワに創設。
 ソ連MVD公共秩序警備総局副局長エドゥアルド・リャザノフ民警大佐の指揮下、モスクワにおいて閣僚会議により任務を与えられた。
 命令は、ソ連共産党書記長から出され、閣議により承認された。
 共和国MVDは、その共和国におけるOMONの作戦に対していかなる監督も行わない。

●編成

 各部隊は計150名の5個分隊から成る。
 ゴルバチョフ時代、OMONの民警職員の平均年齢は、25歳。
 ほとんどは、ロシア、バルト又はポーランド人でした。彼らは、良く訓練され、冷酷であり、任務以外のことは考えないことも多い。

●任務

 防犯及び犯罪の摘発において、KGBと地域検察庁と協力。
 ボリス・プーゴ内務相(当時)によれば、自然災害時や武装犯罪者を拘留するためにも使用されていた。

●経緯

 ヴィリニュス支隊長B・マクチノヴィッチ少佐によれば、積極的な犯罪対策措置が任務であるのだから、「国内民族紛争に巻き込まれたこと」をモスクワに抗議した。
 しかし、OMON支隊は、ロシア共和国、離脱した共和国を含めて、ソ連中において集中的に使用された。
 バルト諸国の事件後、首都、州及び地方都に配置された34個OMON支隊は、共和国MVDの下の地域民警に移管された。
 1991年当時、ソ連中に配置されたOMON部隊は約9000名。

 1991年1月のヴィリニュス、1991年7月のリガ事件後も支隊数は増加。ヴィリニュスOMON支隊長は、リトアニアにおける襲撃の2ヶ月間で大尉から少佐に昇進した。

 ゴルバチョフ政権下、OMONは、改革ではなく暴力の道具として、独立を望む共和国の市民に対する国家政策の遂行のための強力な道具となった。

 現在、特別任務民警支隊(OMON)の組織・方法論的指導は、ロシア連邦内務省に委ねられているが、その直接指導を実施するのは、ロシア連邦構成共和国内務相、地方、州、自治州、自治管区、モスクワ、サンクト・ペテルブルグ市及びレニングラード州の内務局(総局)長。
 人質解放等のような米国のSWATと同様の任務を遂行したり、デモや大規模騒擾時の予備戦力として活動しているらしい。

●OMONの設置基準

 共和国、地方、州都又は人口30万人を越える最も困難な捜査状況にあるその他の大都市、並びにモスクワ、サンクト・ペテルブルグ、ロストフ・ナ・ドヌ、サマラ、ノヴォシビルスク、ハバロフスク、エカテリンブルグの大輸送拠点に創設される。

 

●緊急対応特殊支隊:ソーブル
SOBR (Spetsial'ny Otryad Bystrogo Reagirovaniya)

●創設

 深刻化する組織犯罪に対抗するために、1992年10月、MVD組織犯罪総局の監督下に創設された。車両、防護手段、武器は、国防省から提供された。

●任務

 武装犯罪集団の活動の予防と阻止、不法に保管された武器、弾薬、爆発物の押収、それらの拡散の予防。

 活動の詳細は不明。カジノやバー等の手入れを行ったり、OMONとともにデモや大規模騒擾時の予備戦力となったりしているらしい。

 

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