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東京クーデター
Tokyo Coup d'etat

 
第二章 東京クーデター発生
 

決起の背景

訓練教程1

 国会に侵入した暴漢らは、クーデターによって現政権を転覆させ、新政権樹立をはかろうとした一味である。

 クーデターに武力が伴うのは、一般的な常識である。しかし彼らは、英知をもって武力にかえ、クーデターを成功させようという、史上まれな計画をたてた。精密・巧妙な計画と、その遂行に必要な激しい訓練の積み重ねが、必ずや成功をもたらすであろうと信じた。

 この計画をささえる背景は、予想以上に大きい。超党的政界人、財界人、学者、文化人、科学技術者、思想家、自衛隊幹部など少数ではあるがきわめて有力なメンバーの支援がある。また右翼と称せられる組織、それと相反する元べ平連も参加している。戦闘メンバーの数、主謀者の実態については詳細な発表はできかねるが、元自衛隊員、元機動隊員、現機動隊員、元過激派学生、右翼系のほか、公務員、技術者などで、きわめてチームワークのとれた、精鋭な混成部隊である。

 本隊の下に、駿足を誇る優秀な遊撃隊がある。幹部は、隊長以下数名のリーダーによって組織されている。「勝敗を決するものは、英知と勇気と不断の訓練である」というのが、彼らの信条である。

 ○月○日、某所に隊員が集合、綿密な計画に基づく訓練が開始された。訓練に先だち、キャプテンのあいさつがあった。キャプテンが隊員たちの前に姿をあらわしたのは、これがはじめであった。

 キャプテンはカミソリのような切れ味の頭脳の持主で、体格、風貌、声音とも堂々としており、その場で隊員の信頼をかちとってしまった。

 キャプテンの簡単な訓話が終わると、リーダー幹部が立って、

「国会から全大臣を拉致し、輸送車に全員乗車完了させ、国会を脱出する作戦は人間わざではできない。瞬間の神ワザが勝敗を決するのである。英知、勇気、訓練の総決算が勝を制する」

と、隊員を激励し、各隊に猛訓練を要請した。

 ただちに各隊ごとにリーダーの真剣な指導が始まった。

 訓練期間は短かったが、連日、猛訓練が施された。秒読み的な敏速な行動、機械のような正確さ、沈着果断な行動、流れるようなチームワーク、これらが一つの目標のために、人間の限界を超えたところまで要求された。

 訓練は、次の教程に基づいてすすめられた。

 

訓練教程(一)

一、国会に放送機材等を澱入する際着用するジャンバーは、裏返すと機動隊服になる。白バイの警官服は同様にして、背広服になる。これらの着替え、変装を秒よみで訓練する。

二、合図・レポは科学的特殊機械や独得の方法で行うため、これに習熟するよう訓練する。

三、大臣拉致には機動隊輸送車に偽装した大型車二台(A号車、B号車)を使用するが、その車内構造および利用法を完全に理解し、その効用を十二分に発揮させうるよう、入念な訓練を行う。

四、予定の出口にA号車、B号車を並行して駐車させる。両車の間隔は、両車の側面の扉を開き、これをトンネル式に利用するため、行動に支障を来たさない範囲でなるべく近接させること。

五、A号車は空車、B号車にはライフル銃、機関銑を搭載する。射撃手はこれに実弾を装填し、万一、機動隊等が国会内決行隊の逮捕に向かうことがあれば、これを背後から狙撃し、閣僚拉致を武力で行う。この場合を想定し、銃座の位置の決定等を沈着に判断し、誤りのないよう行動できることが大事である。

六、防毒マスクは、覆面によるオドシの効果と、敵のガス弾発射に対する備えを兼ねたものである。その装着、取りはずしについては機敏を要する。

七、武器類の搬入方法については、訓練の際に教示する。特に、自動小銃は小型であるが最新式、高性能なものであり、その繰作に習熟するよう訓練する。

八、国会内行動隊を緩護する目的で、二隊に分かれて国会内デモを決行する。行動開始の時刻は、予算委員長の開会宣告に合わせる。

九、デモ隊第一隊は、あらかじめ定められた待機地点から五台の自動車に分乗して国会に向かい、○門に集結、強引に内庭に侵入する。ただちに全隊員はヘルメットを着用し、一台の車を横倒しにしてガソリンをかけ点火する。車内に仕掛けてある爆竹や爆発物を効果的に爆発させるとともに、デモ隊列を整え、なるべく大喚声をあげながらジグザグデモを行う。

 第二隊は、警備側が強力な場合、リーダーの指令に基づいてただちに出動する。

 ただし、いずれも陽動作戦であることを忘れず、逮捕者等の出ないよう、十分に配慮すべきである。「A号車出発OK」の合図が出たら、時機を見て敏速にデモを収束、ただちに車で現場を離れ、隊長の指揮下に入る。

一〇、持科隊は二斑に分かれ、第一班は強力な電波を発信して、警備隊の携帯無線機による連絡を不能にする。第二班は内部の者と協力し、電話線の切断、通信施設の破壊を行い、外部との通信連絡を完全に遮断する。いずれも確実、敏速が要求される。

一一、輸送車二台は、パトカーを先導に、デモ隊の騒ぎを利用して○門から入り、閣僚を待ち受ける。駐車位置等については、四に指示したとおり。

一二、国会内に潜入していた本隊は、デモ隊の狼火と喚声を合図に行動を開始、閣僚を所定の出口まで誘導し、A号車に乗車させる。この際、B号車の武装隊は、A号単にトンネル移乗を行い、閣僚らの拘束作業に協力する。閣僚全員に、麻酔薬をふくませたサルグツワをかませたうえでB号車に移す。大臣らから剥ざ取った所持品はA号車内に放置する。作業終了と同時にB号車は、パトカー先導で○○地点を抜け、予定地に向けて全速で走る。

一三、A号車には機動隊服の隊員が運転台に乗り、○門の門衛に手を挙げて挨拶、白バイを伴走させながら目的地に向かう。

 なお、詳細は訓練時に教示する。

 

 クーデター側は、国会の空転を利用して、国会の内外に少数ではあるが、きわめて信頼できる協力者や中立者を獲得することができた。これが、決行のときに百万の援軍にまさる力となり、クーデターを一歩成功に近づけた。

「ものには必ずスキがある。したがって、不可能と思われることも可能になる。スキを見出し、スキをつくらせ、不可能を可能にするのは、われわれの英知である」

 この隊長の信念は、そのまま隊員に伝わった。この信念が、隊員たちを猛訓練に耐えさせた。訓練の進行につれて、隊員のあいだには、冒険心、好奇心、使命感など複雑に入りまじった感情が働きだした。訓練が終わったときには、隊員一人ひとりの胸に実行への意欲がふつふつともえあがっていた。それは、子どもが遠足の日を待ちわぴる気持ちにも似たものだった。

 彼らは、国会周辺や行動に関係ある要所を、あるいは徒歩で、あるいは車で、たんねんに調査してまわった。実行には寸分の狂いも許されなかったからである。

 いま、計画は実行された。綿密な準備と、それに基づいてえがかれた設計図どおりに事は運んだ。

 クーデターの第一歩は成功した。しかし、閣僚拉致後の事態の収束を、彼らはどのように考えているのだろうか。

 

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