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東京クーデター
Tokyo Coup d'etat

 
第四章 クーデターの戦略・戦術
 

五 クーデターと戦略・戦術(二)

政治工作の重要性

 クーデターには、政治工作が必要である。それは武力準備、武力戦と併行して発展させなければならない。

 いうなれば政治工作をおろそかにしては、クーデターはまず失敗するとみていい。政治工作推進のいかんによって、クーデターは失敗するとも、成功するともいえる。

 絶対多数を示したチリクーデターのばあいでも同じである。軍は警察が参加するまで決行を延ばしていた。それは、クーデターの特殊性による。小さな力で、厖大な力に立ち向かい、相手の巨大な力を抑制、抑止また破砕しなくではならないからである。政治工作の重要性を把握し、それを綜合的に活用しえなかった二・二六事件が失敗したことは、まえに述べたとおりである。

 日本のクーデターは、しばしばみたように、君側の奸を斬るというような、古風な封建的発想によって出発することが多いため、ほとんど暴力的行為に終始してきた。わずかに二・二六事件で、権力交替を表明したが、それでも君側の奸を斬るという、意図が併存していた。かれらが奸臣として斬った天皇の側近を、天皇は信任し、事件の首謀者たちに対して赫怒した。

 天皇みずから兵を率いて、反徒を討つとまでの発言が、いままでもたついていた陸軍の幹部を討伐に踏み切らせ、戒厳令をしかせたのである。

 すなわち、天皇の重臣を奸臣として斬ったため、かれらが意図したクーデターの目標も、かれら自身の生命も、失う結果となった。かれらは、自分の考えはすなわち天皇の考えと思っていたのである。これは幼稚きわまる考えといわざるをえない。政治的配慮があったならば、当然、事前に天皇の意向をたしかめるべきであったし、それは必ずしも不可能なことではなかったはずである。

 クーデターを暗然のうちに支持していたものには、東京警備司令官香椎浩平中将、荒木貞夫、真崎甚三郎各大将ほか多勢いたのである。政治的配慮さえあれば、暗殺した重臣に対する天皇の意向も汲み取ることができたのであった。そうすれば、奸臣(かれらはそういう)に対する天皇の認識を変更させる工作もできたのではないか。できないまでも、暗殺という方法でなく、辞任という方法で彼らを退陣させえたのではないか。そうなれば結果もまた違ったものとなったであろう。

 とにかく、クーデターが政権奪取である以上、同志獲得その他、いろいろの面に政治的要素、政治工作が必要であることは前述のとおりである。それは、クーデターがいつも弱小集団であるという、先に述べた原則論と相まってである。

 治安機関でもっとも恐るべき敵性集団は、いうまでもなく自衛隊である。自衛隊についてはさきにふれたとおりであり、首郡防衛師団ともいえる第一師団の部隊配置も第一図で示した。

 自衛隊対策いかんが、クーデターの死命を制するといっても過言でない。

 自衛隊の調査は、そのために徽底的になさねばならない。自衛隊の調査にあたっては、資料の一般的収集だけでは当然手落ちがある。わが方の隊員を自衛隊に潜入させ、調査活動をさせることが必要であろう。

 調査活動というと、スパイ作戦ととる向きもあるかもしれないが、この調査作戦は、調査以外に同志獲得、兵器獲待という重要任務があり、一般にいわれるスパイ作戦とは、異質のものである。

 スパイ諜報活動は各国とも盛んで、宇宙衛星などは大気圏から相手国の軍事施設などをカメラにおさめているという。アメリカもソ連も、お互いに相手国の軍事施設や原爆の実験などを的確に知っているのは、そのためだという。宇宙衛星は平和共有に意外なところで役立っているものである。

 スパイといえば、第一次大戦のときのマタ・ハリ、第二次大戦の際のゾルゲ事件などが有名である。

 ゾルゲ事件とは、昭和十六年(一九四一年)に発覚したスパイ事件である。フランクフルター=ツァイトゥング社東京特派員で駐在ドイツ大便顧問のリヒアルト・ゾルゲ、評論家で近衛内閣、満鉄嘱託の尾崎秀実らがスパイ客簸で逮捕された。そして治安維持法、国防保安法、軍機保護法違反容疑で起訴され、十八年十一月七日ゾルゲ、尾崎に死刑が執行された。ゾルゲは昭和九年(一九三四年)ソビエト赤軍第四部に所属、日本対ソ戦の可能性を探知するため来日、尾崎、宮城与徳らの協力をえて活動した。とくに十六年の六月の独ソ開戦後は、日本の対ソ戦探知に全力を投入、尾崎は近衛内閣のプレーンとして北進策の不得策など進言、同年八月から十月にかけて、日本の基本政策が対ソ戦回避、対米断交、南進論にあることを確認した。ゾルゲはソ連に打電、ソ連をして対独戦に全力投球させた。なおソ連は戦後、ゾルゲ以下関係者の功績を認める声明を発表した。ソ連には、ゾルゲという名の町があると聞いている。

 クーデターが実行され、首相、防衛庁長官、そのほかの閣僚、また陸上幕僚長などを逮捕、監禁したばあい、指揮命令の混乱は必至である。そうしたばあい、各地の師団長、旅団長、連隊長、特に師団長(ただし師団において師団長以外に影の実力者がいるばあいはその者)の思想、性格などが、その師団(連隊)の態度、すなわち出動、待機、中立のいずれを選ぶかを決定させる大きな要素になることは当然である。したがって、各地の師団長、旅団長、連隊長のこれらの調査は、必ずしておくべきであろう。

 高橋正衛著『二・二六事件』によると、

 ……すでに佐倉、甲府連隊は上京して、歩一、歩三の兵舎に入っていた。また仙台の第二師団、宇都宮の第十四師団からの兵力の東京集中は決定され、高崎連隊はすでに入京している。

 参謀本部岡村第二部長の「メモ」に「佐倉連隊は断乎天皇の命に従う」と二十七日付にあるが、歩一、歩三をアテにせず、地方連隊による討伐準備は固められていたのである。

 ……この二十六日の夜から二十七日にかけて、叛乱軍は全陸軍と対等以上の陣を張り、主張すべき点は主張した。千四百名の兵といい、また弾薬は優に一個師団に相対するだけある。全国の師団、連隊の動揺、帰趨も判明しない。岡田首相を失った内閣は、後藤文夫内相を臨時首相代理としてとにかく存続したが、もはや存在しないも同然である。

とあるように、全国の師団は、師団長によって硬軟いろいろの態度を示した。

 これは、クーデターが起こった場合、当然各師団に起こる動揺である。ただこのばあい、注意しなくてはならないのは、二・二六事件で各師団が動揺したのは、討伐側も反徒側も同じ軍人であり、共通の生活感情、共通の利害(軍部の威信失墜など)をもっていたことである。

 このことからしても、決起部隊の一部に自衛隊部隊が存在するならば全国の自衛隊の発動に、それぞれの差異はあってもブレーキのかかることは、予想できるのではあるまいか。これは、神速に権力奪取を計るクーデター側としては、非常に有利な条件となるだろう。

 同国人が、自国の軍事、政治、産業の根宮などを調査(スパイ)することは、比較的他国人がなすより容易である(ゾルゲ事件など参照。外国スパイはそのため、その国の人間を、なにかの意味で使用する場合が多い)。だが、容易であるからといって、最初から調査活動や、同志獲得を強要してはならない。そうすることでかえって危険が生じることがあるからである。十分に相手の資質や教養、家族関係を検討したうえで、当人が余り負担視しない範囲から、徐々に訓練していく必要がある。

 同志獲得には、二つの方向がある。

 それは、クーデターを決行した場合、第一に制圧部隊として出動する部隊を、当然重視しなくてはならない。これらの隊の隊員を同志として、獲得すべきである。

 二つには、師団、隊の選定を決めたなら、その隊での指揮権を実際上有している者、またその部隊が機械化部隊であったばあいは技術者を狙うとか、その部隊の特性、戦術によって決定する。

 しかし、大体いままでの各国のクーデターの例をみると、佐官以上の高官はあまりあてにはならないばあいが多い。それは、その人たちがどうしても、保身第一に傾いて、クーデターを利用はしても積極的に参加するということが少ないからである。チリのクーデターのばあいは特別で、アメリカのCIAの策動によって、全軍が参加(一部に反対将官もあったが、その人たちは暗殺また実権剥奪にあった)したとみるべきである。チリの軍部はまことに変則的な軍隊で、アメリカ資本によって兵器などを賄い、教練など一切アメリカ式であった。

 

同志を獲得する方法

一、狙う相手(クーデターの仲間)を指導者にしぼるかどうかは、その部隊の構造と政治的状況によって左右される。将校と兵隊が厳しく対立しているような部隊なら、形式上の指導者の協力がなくても部隊を仲間に引さ入れることができる。しかし、実質上の指導者がだれであるかを見分けるのはむずかしいし、クーデターを計画している段階で、はたしてその対立が深まっているかどうかを知ることもむずかしい。といって、技術機構に頼り過ぎることは避けなくてはならない。〈表3〉は介入の可能性を持った部隊の典型的な例を三つあげ、それにいかに浸透するかをしめしたものである。もちろん、クーデターの起こりそうな国の指導者は、自分の部下の一部が反乱を起こすかもしれない危険性を十分気づいているはずである。だから〈表3〉にあげた第一大隊は、理論的にいえば、浸透するのにもっともつごうのよい部隊だが、現政権としてはクーデター側が狙っていることを承知のうえで、第一大隊にもっとも信頼のおける部下を配置していることも考えられる(筆者注 この場合、逆スパイにかかる危険も十分考えられるから、その点細心の注意が必要となってくる)。そのばあいは第三大隊を狙って浸透工作を進めなくてはいけない。十分に注意しなくてはならないのは、決して第二大隊を狙ってはならない。ということである。第二大隊は技術者に頼る面が大きいから、その一部でも途中で寝返ったら、クーデターはたいへんな痛手を受けることになる。また“中心人物”に関する情報を実際に集め、その人物に接触するまでは、どの部隊が政治的に現政権と結びついているかがわからないだろうし、もっと一般的にいえば、最終的にどの部隊から、どれだけの人数の動員ができるかという見通しは立たないわけである。だから、どの部隊を仲間に加え、どの部隊を中立化させるかについては大まかな計画を立てたとしても、その計画はできる限り幅をもたせておいたほうがよい。また計画を実行に移す場合、まず仲間に加える予定の部隊に努力を集中することである。だが、やってみて仲間に加わる可能性が薄く、最終的には中立化させる以外に方法はないだろうと判断した部隊については、よけいな努力はしないことである。

 たとえば、しかるべき陸軍将校のところへいって、クーデターに加わらないかと持ちかけたとする。彼が問題にならないほど現政権に忠実な人間でないかぎり、彼は二者択一を迫られる。それにはチャンスと同時に危険もある。

 披はまず、こう考えるだろう。

 ――この申入れは、ひょっとしたら自分の忠誠心を試すための仕掛けられたわなかもしれない。また、それが本当であったとしても、計画が成均するかどうかわからないという不確定要素がある。

 もしわなだとすれば、申し入れを受ければ現在の仕事を失うのはもちろんのこと、それ以上の処罰をうけるかもしれない。逆に、上官に通報すれば忠誠を示したことになり、それだけ認められることになるだろう。

 申し入れが本物であったとしても、チャンスが回ってくるのはクーデターに成功してからのことだ。それに比べ、通報すればすぐに報奨は受けられる――。

 したがって、彼は当然、上官に通報するほうを選ぶであろう。

 だから、彼に接近するさい考えなくてはならないのは、彼のこうした思考をくつがえすことである。つまり、クーデターに成功したときは、上官に通報して得られる報酬とは比較にならないほどのものを与えると約束する。同時に、仲間に加わらないかと誘われたことが伝わるだけで、彼はすでにクーデターの支持者とみなされても仕方がないということをほのめかす。この二つをたくみに利用しなくてはならない。

 

〈表3〉介入しそうな部隊とそれへの浸透の仕方

部隊名 第一大隊 第二大隊

第三大隊

指揮系統

10個中隊に分れており、大隊司令部には5人の実質的指導者がいる。深く浸透するためには30人の小隊長をも仲間に引き入れるべきである。
中心人物 15〜45人の“指導者” 15〜45人の“指導者” 15〜45人の“指導者”
技術的装備 非常に簡単 非常に複雑 中程度
輸送・通信 通常の通信・輸送施設に依存 クーデターの現場に近づくには空輸と高度の通信装置か必要 地上輸送機関に依存しているが,通信には無線装置が必要
中心人物 技術者なし 技術者40人 技術者5人
浸透方法 “指導者”をクーデターの仲間に加える(積極的参加) 一部投術者の消極的協力を求める(中立化) 第一大隊を仲間に加えられなければつぎにこの部隊を狙う

 

二、めざす相手に、クーデターをやろうとしているのだ、という段階まで話が進んだら、つぎの三つのことを話すべきである。つまり(a)クーデターの政治的ねらい(b)他の部隊や将校もすでに仲間に加わっていること(c)彼がクーデターのなかで果す役割。

 しかしこの段楷でも、相手が裏切るかもしれないという最悪の場合を考えて、表現を慎重に研究しなくてはならない。また、クーデターが特定の政党あるいは、政派と関係があるという印象を与えないように、用心すべきである。クーデターの目的を話すときは、政策や人物のことは口にしないで、政治的な態度について話すべさである。政策や人物にふれると、話の内容が具体性をおび、無用の反発を受けやすいからである。

 さらに、表現だけでなく、話し方も十分計算されたものでなくてはならない。つまり、その国が当面している最大の問題について、国民の大多数が感じているような話し方をすべきである。たとえば、イギリスの場合なら「もっとビジネス・ライクな政府が必要だ」というわけである。そのさい、本当であろうとなかろうとかまわないから、クーデターは大新聞の経営者、大企業家、国営企業の会長らの支援を受けている、というのもいいだろう。ラテン・アメリカの場合は「清廉潔白で軍部に信頼されている人物」が「政治家たちのつくり出した混乱を秩序正しいものにし、社会と国家の発展をもたらす」ために軍部が介入することを望んでいる。「財産と個人の権利は尊重する]という意味のことをそれとなくにおわせることが必要である。もし打倒しようと狙っている政府そのものがクーデターによってできたのならば、「政治を正常な状態に戻すため」といってもよいだろうし、「民主主義を回復するため」といってもよいだろう。

 スローガンをつくることは容易なように思うかも知れないが、スローガンもまた、そのときの状況にうまく合うように注意深く計算して作成しなくてはならない。たとえば、あまり具体的な内容はけっして話すべきではないが、だからといって、あまりにも一般的で漠然としすぎても相手に旋惑を起こさせるし、協力しようという熱意もわかないだろう。

 また軍隊というものはどこの国でも、政治的、心理的に一般社会とは異った、ときには対立する考えを持っているものだということも、考えておかねばならない。たとえば、軍人も一人の市民として、政府があまり多くの金を使いすぎることには反対だろうが、同車に軍事予算が少なすざることにも不満をいだいているのである。敗戦によって軍人の社会的地位が低下している国や、長いあいだ平和が続いた国では「国を守ってくれる人々は正当の地位を回復すべきだ」と強調することである。クーデターの目的を話す場合、一貫性がないと思われないていどの柔軟な態度で、相手に調子を合せるというテクニックを使うべきであろう。また、とくに必要がないかぎり、自分の考え方を強く押し出すこともない。「私もやらなくてすめばクーデターなどやりたくない。あなたも同じ気持だということがよくわかる」といった態度をとることが望ましい。

 クーデターの目的について相手が了解したと判断できたら、つぎに彼の果すべき役割を説明する。だが、作戦計画の全容を話す必要はない。つざの点を明らかにすればよいのである。

 (a)彼の役割はいくつかの具体的行動に限られていて、むずかしくないこと。

 (b)彼の部隊のほとんどすべての者が、すでに仲間として参加していること。

 (c)したがって、彼の任務は安全なものであること。

 しかし、相手に実際の仕事の内容を教えるのは、彼が明らかに仲間に加わる意思表示をしてからでなくてはならない。そのときは、がなりはっきりと内容を話してもよいが、しかし、あくまでも“彼の仕事”だけについてであって、全体のなかで役がどのような立場にあるかをわからせる必要はない。

 たとえば、彼の部隊が道路を遮断する任務を与えられているとすれば、部下にどのような武器を持たせるべきか、人数はどれだけあればよいか、どのようにして“行動開始”の連絡を受けるか、などについて話せばよいのであって、クーデターをいつ起こすか、道路を遮断するのはどの地点か、他の部隊はなにをするのか、などについては教える必要はない。

 情報は最大の財産である。クーデターを計画している段階で非常に有利な立場にあるのは、こちらが国家の防衛機構について多くのことを知っているのに、それを支配している連中はこちらについてなにも知らないからである。

 だからこそ、必要以上の情報を他人にもらさないよう極力努ぬなくてはならない。いずれにせよ、相手のほうはできるだけ多くの情報を知りたがるだろうが、必要以上の情報を与えないことは、かえって彼を安心させることでもある。なぜなら、すべての作戦がそれだけ厳重な秘密のなかに進行しているとすれば、彼自身の安全もそれだけ保証されているわけだからである。

(筆者注、また一つには情報を多く知ることによって、当人に負担と安心を与える。それは万一に逮捕されたとき、余り情報を知っていることによって、同志の秘密を暴露させるのではないかという不安や、知り過ぎていることが多いため体制側から重要人物と見なされたり、長時日にわたって過酷な取り調べを受けるのではないかという、心理的安定性を失う場合ができる)

 それぞれの部隊で最初の数人が仲間に加われば、残りの人間を仲間に加えることはずっと楽になる。最初に仲間に加わった連中が説得係になって、さらに仲間をふやしていくからである。逆にいえば、苦労をして最初に仲間をつくった狙いはここにあったとさえいえる。うまくゆけば“雪だるま式”、もっと欲をいえば“雪崩れ”のように仲間がふえていくであろう。

 こうした“中心人物”に接近し、説得した効果が現われはしめたら、そのときはじめて、彼の部隊がクーデターで積極的役割を果たすだろうと考えることができる。軍部全体からみれば、ほんの一部の部隊にすぎないが、しかし重要なのは、クーデターを起こすとき、近くにはその部隊だけしかいないという事実である。(筆者注、さきにわたしが述べた。首都防衛体制の部隊であるということで、決行の瞬間よりこの部隊との接触が始まる)

 したがって、まず、狙いをつけたその部隊への浸透を深めることに努力を傾けるべきで、残る部隊を中立化することに不必要な努力をすることは、かえって危険をますだけである。理論的にいえば浸透できなかった部隊は全部中立化してしまうのがよいのだが、現実には不可能であろう。

 浸透がどのていどの成果をあげるかは、その国の軍部、政治、地理的条件によって左右される。同じていど浸透していても、それで十分な国もあれば、不十分な国もある。(注1)

 浸透作戦を開始すると当然、逮捕という非常事態も考えられる。そのために、連絡または指令は、同一部隊の場合はいざしらず、いっさい一方交通である。そうしておかないと、Aの逮捕が組織全体の逮捕に波及するけっかとなる。

 一方交通のばあいは、自分と連絡をとっている人間がどういう種類の人物であるか、クーデター集団のなかにおいてどういう地位にあるのかわからないので、Aの逮捕だけか、Aのほんの周辺の被害だけでおわって、組織全体に波及することを防げる。もちろん名前も偽名であることはいうまでもない。

 また逮捕されたばあい、ぜったいに口を割ってはならないことは言うまでもないが、できる限り黙否権を行使すべきである。黙否権を行使すれば、証拠はほとんどか、全然ない。日常、家の中に関係書類を保存しないこと、また連絡事項、指令事項も口頭か、仮りにメモをとってもそれらは暗記するように訓練すべきで、すぐ破棄するようにしておけば、物的証拠はないわけである。

 調査官はあらゆるものを利用して、なんとか自白に追い込もうとする。安易な気持で口を開くと、意外なところで証拠をつかまえられる結果となる。調査官はそれが商売であるから、とうていたちうちができないものと思うべきである。

 これと関連して考えなければならないことは、無能で、人格的に騒がわしい人物や指導者を誘いこむようなことは避けるべさだということである。非合法活動のなかで、こうした人物がいることは、隊の中に不安な空気をかもし出す。また、こうした人物のいる決起集団の主張や成功に疑惑を抱かせ、有能の人材がかえって参加しなくなる。また彼は自己の利益のため集団の規律を破ったり、裏切り行為に走る場合も考えられる。

 さきの〈表3〉の第二大隊の「一部技術者の消極的協力を求める」ことによって、中立化を計る方法は、この部隊が非常に複雑な技術部隊であるためである。機械はだいたい有機的な関連で作動し、一つの機能を果たすのであるから、その機械の一部品の破損また隠匿によって、またときには技術者のサボタージュによって、指揮官の中立の意志の有無にかかわらず、部隊の出動を阻止することができる。このことは中立化を意味する。また部隊の地理的位置においても、とうぜんその始動に差異が生れる。遠い地方では情報をみてからという工合にどうしてもなり易く、結果的に中立という結果になる。

 なおさきに述べた、最近の自衛隊の精神構造なども十分に吟味、参考にすべきであろう。もちろん一般的傾向だけでなく、各師団、各部隊の気質の相違を、現実に十分調査認識することはいうまでもないし、またこうした気質からも、上官、兵との関係は昔の軍隊のようにはいかない事も計算しなくてはならない。一つの部隊からどれほどの員数を動員できるか、武器の種類、武器の量もとうぜん計算しなくてはならない。

  注『クーデター入門』エドワルド・ルトワック著 遠藤浩訳

 

警察力の分析と中立化

 クーデター派がじゅうぶんな装備をもち、ある程度(都市を占有し戦闘体制のとれるほど)の人員をもっておれば、警察はあまり問題はない。しかし現実は、そうした装備、人員をもつか否かである。

 先月のある新開に、アメリカのある州の警官が賃金値上げを要求してストライキに入り、警察署を占拠したので、州兵が出動して三、四時間の戦闘の結果、警官が降服したと報じ、警察も軍隊にはかなわない、というようなことをいっていた。

 野中大尉(二・二六事件)のひきいる約四百名の将兵によって、警視庁はいとも簡単に占拠され、警視庁は本部を神田錦町警察署において、なすところを知らなかった。

 だからクーデター側の人員、装備(装備が警察機動隊よりはるかに勝っておることが必要である)によっては、警察は積極的にクーデター側を攻撃してくることは、まずないとみていい。しかし警察機構は軍隊と違って、その職業を少なくとも一生の職としている人たちが多いので、クーデター側に介入しても来ないが、加担することもまず考えられない。ロシア革命においても、警察は最後まで不服従であった。

 日本の警察機構は、中央警察機構と地方警察機構とに分かれている。

 中央警察機構は、総理大臣の所轄のもとに国家公安委員会がおかれ、国務大臣である国家公安委員長と内閣総理大臣が国会の同意をえて任命した五名の委員で組職されていて、警察庁を管理している。

 警察庁は警察庁長官を頭に、内部部局が長官官房、警務局、刑事局、保安部、交通局、警備局、通信局に分けられる。地方機関は、北海道警察通信部、東京都警察通信部、九州管区警察局、四国管区警察局、中国管区警察局、近畿管区警察局、中部管区警察局、関東管区警察局、東北管区警察局の九地方機関に分かれている。

 地方警察機構は、都道府県の知事を頭に各公安委員会の管理の下に警察本部が置かれている。ここで問題になるのは東京都の警察機構で、都警察は、都知事の所轄のもと都公安委員会(五名)の管理下に警視庁(警視総監)があり、各区に幾つかの警察署、その下に派出所、駐在所などあって、都の犯罪、警備、交通などの取締をしている。

 警察署は、全国で約一二五〇あり、各署には通常、署長以下二〇〇〜四〇〇人の警察官が配置されている。小さな署では、一五〜二〇人ぐらいの所もある。

 警察署の機構は、署長、次長、刑事、防犯、交通、警備警らまたは外勤などの課制がしかれ、署の下部機構として派出所、駐在所がある。特別に必要な時には、臨時派出所、検問所、警備派出所が設けられる。警察本部との通信連絡は、警察専用電話回線による有線電話または無線電話による。重要港湾には水上警察署また派出所、空港には空港警察署がある。

 クーデター側としていちおう考慮しなければならないのは、警視庁機動隊であろう。これは浅間山荘の赤軍派との交戦で全国的に有名となった(じつは予算分取りと、左翼恐怖性を一般国民に与える一石二鳥のねらいがあったという人もある)。機動隊は、人員の戦闘訓練度の高さ、装備の完備で、世界一の声が高い。世界の警察が、日本のこの機動隊の実状を見学によくきている。

 一機動隊四〇〇人前後で九機動隊、総員六、〇〇〇人、他府県の機動隊を合せて一万人といわれている。この他に″管区警備部隊″総員四、二〇〇人、″特別機動隊々を入れると、二万八、〇〇〇人から三万人といわれている。一師団九千人とみなすと、三師団余の人員である。主として警棒であるが、有事の際は拳銃、防弾衣、ガス銃などがある。このほか機動力を備えるため強装備の輸送車など二〇〇台をこえている。

 このほかに一般署員を緊急時に臨時編成する“方面機動隊”がある。この動員可能の人員は五万〜五万五、〇〇〇人ていどとされている。

 警察の武力介入はあまり考えられないが、治安情報収集、いうなればスパイ係である。クーデターの前をはばむものがあるとしたならば、彼らであろう。これらのことは、一括して次に述べる。

 

秘密政治機関との闘い

 国はあらゆる諜報機関をもっている。それは自己の保身上の必要からである。外国に対してはもちろんのこと、国内に対してもそれぞれの省がなんらかの情報活動を行っている。反対制側としてはもっとも警戒しなくてはならないのは、政治警察である(戦前の悪名高い特高警察、憲兵などについてはあまりにもよく知られている)。彼らは目的のための情報の収集、監視、おとり捜査、挑発、盗聴、信書の検閲、反対制運動家、革命家、危険思想家、市民、農民、学生、急進分子などの逮捕、取締り、弾圧などにあたる。クーデター側の前に立ちふさがり、クーデターを破壊するものはこの秘密警察である。日本では公安調査庁、警視庁の警備局、警備課、公安課である。

 このほかにも、いろいろの秘密警察が存在することは、さきの金大中事件で陸上自衛隊の調査隊(憲兵の役割をもち、広くスパイ活動をしている。調査隊は陸、空、海自衛隊にそれぞれ設けられている)出身者が関係していたことからも明らかである。しかしこれら機関の機密費は、まったく発表されていない。

 もちろんこうした数字以外の隠された部分のほうがはるかに厖大であろうということは、想像に難くない。

 クーデター側としては、秘密機関に村しては、まったく防戦一本槍でゆくより手がない。後述するが彼らは絶対にクーデター側の同情者であることはないし、参加者となることもあり得ない。わざわざパイプを通そうなどという無駄で危険なことはしないことである。

 

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