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オサマ・ビン・ラディン情報

Osama (Usama) bin Ladin(Laden)
 

英国オブザーバー紙の記事より。

 

●なぜ薬品工場なのか?兵器庫ではなく?

スーダン人は攻撃のターゲットに頭を悩ませている
By David Hirst in Khartoum

1998年8月22日土曜日

町で会った人は私に尋ねた。一体なぜ、彼らは軍事兵舎や兵器庫を狙わなかったのか? ハルツーム周辺には充分にあるのに。

明らかにイスラム政権を好ましく思っていない彼は、付け加えた。「率直に言って、これよりも議会のほうがずっといい標的だったと思うね」

政府が言ったように、シファ(Shifa)工場が製薬工場であるということは、だれも疑っていないようだ。それはアフリカのこの種の工場では最大規模のものであり、スーダンの需要の半分を製造していた。

特に、東南アフリカ優先貿易協会のような立派な機関によって投資されてきた。外国人がしばしば訪れる見学場所だった。その最後に訪れたのが、ケニヤの外務大臣だった。また、すべての装置を西側から手に入れた。

これは私的に所有されており、2年前に完成してから所有者が変わってきた。その経営者はインド人であった。私の運転手アフメド・オートマン(Ahmed Othman)は、こう言う。「それが本当に化学工場だったのなら、なぜほとんど警備員がいなかったんだろう?」

政府は、合衆国がこのときに途方もない失敗をしたと疑っているようではない。合衆国は確かに、外交上、徹底的に失敗を利用するつもりなのだ。

どうすればクリントン大統領をともかく信じることができようか。オマル・エル=バシル大統領は、金曜日の祈りに参加するために来た、また――少なくとも数人ながら――アメリカの旗を引き裂きに来た群衆に尋ねた。

「最初に妻にウソをつき、次に家族と国民にウソをついた男をどうすれば信じられるだろうか――そして今、彼は世界にウソをついている」。急襲は、ほとんどのスーダン人に驚きをもって迎えられた。何年者あいだ、政府はテロリストとのつながりを断とうとしてきた。そして実際にそうしていると一般に信じられてきたのだ。

その過程の巨大な目印は、1996年、大テロリスト・オサマ・ビン・ラディン自身の追放だった。そして、心からかどうかはわからないが、政府は公式には少なくとも、ナイロビとダル・エス・サラームでの爆破に非難を加えてきたのである。

しかし、あと知恵だが、おそらく急襲は予見されるべきだったというスーダン人もいる。合衆国大使館の閉鎖と残りのスタッフの退去は、ナイロビがおそらく主要標的となったちょうど1日後であった。

合衆国に対しては大きな怒りがあり、それは政権の支援者からだけではない。しかし、大虐殺をもたらすこともできた爆撃によって、さらに強められたものだ。わずか10人しか傷つかなかった――それは木曜日の晩、イスラムの週末前夜は、シファ工場が稼動していない唯一の日だったからである。

巡航ミサイル攻撃が市北部の工場を攻撃したために、10人がけがをし、4人は重態だとハルツーム病院が昨日報告したときに、バシル大統領は、クリントン大統領を不道徳でうそつきだと非難していた。市のモスクでの金曜日の祈りからの抗議結集に参加したスーダン人は、「合衆国をたおせ!」と叫び、アメリカの旗を焼いた。バシル氏が話した演説台は、クリントンと元ホワイトハウス勤務者モニカ・ルインスキーの写真と、「クリントン、スーダンではなくモニカをかき回せ」というスローガンを掲げていた。

その日早く、数百人のスーダン人が、4階建ての工場のねじられた鉄筋とコンクリートのがれきを見るために、雨でぬかるんだ通りを重い足取りで歩いていた。警察は、大半が女性と子供の市民が工場敷地内に入ることを防ごうとしていた。

怒ったスーダン群衆は、ハルツームの合衆国大使館も襲撃した。スーダンのテレビは、群衆が石を大使館に投げつけ、門に登り、アメリカの旗を引き下ろそうとしているライブ映像を流した。大使館は公式に開かれてはいるが、スーダンには合衆国外交官が駐在しておらず、大使のポストは空きになっている。駐在外交官は1996年2月、身の危険があるということで撤退し、外交官がときどき訪問するだけだった。

警察は、5、6人が高い門に登って建物に入ろうとするのを防ごうとしなかった。もしあったとして、どれほどの損害を大使館に与えられるか。

 

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